*2日の早朝にPCに送った携帯メル
そこでは、いつもちいさな戦争が起こっていた。
わたしのからだのなかのおはなし。

今日で終わりでいいかな。
前は苦しい苦しいばかり書いとったけど、最近はあくまでも楽しかったことベースにしてる。
傍目からはよくあんたはいいねって言われる。
だけどな、君はなにを知ってるというのだね?私の何を?
じゃあ変わってほしいよ。
最近ね、いつも苦笑いしてるんです。
感情を表に出すことに対してどうでもいいと思うときも多いんです。
だからかな、またわたしの輪郭は滲んできてしまったのかな。
わたしはここにいなくてもいいよな、と、あ、コーヒー淹れよう、って思うくらいの感覚で思うのです。
実際コップに注ぐ熱湯を見つめていると、湯気は部屋の中に広がり、すぐに目に見えなくなっていく。
ちょっと、わたしと変わってみる気は無い?なんて問いかけてみるんだけれど。
刹那的で美しいな、そうすると、宇宙から見た "人"も、そんなイメージで、羨ましがられてるのかな。
くるくる。
また一週して此処に来ただけのこと。
針を回す重さが換わっているのか、わたしの腕がその力をもう失っているのか。
判断するのはかんたんなよーで酷く難しいんだ。
痛い。
どんどん蝕まれていく恐怖は誰にもわかってはもらえないものだ。
カラダが重い。
感覚が鈍くてまた躓いて転んだ。
足が痛い。
切り落としてしまったら楽なのかって、考えちゃいけないことまで考えてしまう。
右足の、腓骨神経麻痺。 +、複合性局所疼痛症候群(CRPS Type II )なーんて、なにそれ?で?
みたいな感じだよね。そんなもんなのだ。
目に見えないことそのものが、すでに痛みなんだね。
分裂していく中身、精神は、先日は出かける前に時計を合わそうとした、
時間は18分だった、だけど私はわからなかった、五分くらい。18分て、どこだっけ???って。
18分という決まりが私の中から消えてしまった。
そんな風に日々私の中から少しずつ、磨り減って行くものに耐えられなくなっているのかもしれない。
勿論脳の検査はケアンズ帰国後に異常なしという結果を頂いている。しかし人としての形、価値をもはや感じなくなってきている。
それが私にとっての決まりに入れ替わってしまったのだ。

だって、そっちのほうが都合がいいからなんだろう。マトリョーシカ状態のこの中身ちゃんは。
裏切る人は世の中に腐るほどあふれてるんだし、勝手に腐った固まりとして生きればいい。
勝手に腐った固まりとして生きればいい。
勝手に腐った固まりとして生きればいい。
勝手に。
勝手に。
勝手に。
だけどどうして私から必要以上に奪い取ろうとするのかと?殺したくなる。
のうのうと笑ってるその顔を派手に切り裂きたくなる。 人を切りつけたときの感覚を知っているか。
消えるのならどうせ。 勝手に消えればいいのに。 そんなに人が憎いのか。
いっそあの時代に生まれたらよかったのに。
最近ね、こういう悪い自分に負けそうで困る。
首を絞められ。前に、ビニール紐を手に持って実行しようとしてたらしくて、
友達がきちゃってなんだか宥められてたんです。意識がゆっくりとけてくみたいに、
また悪い自分がそうしようとしてたことに気付いた、ぼんやり夢から覚めるような感じで。
罪悪感にかられて、正気で前向きに病気なおそうとしたり禁煙したり掃除したり
薬やめたりしている、当たり前のことから始めようとしているのに、
自分をそうやってはめようとするのだ、わたしを殺すつもりなのだ、わたしはそれをただ受け入れることは出来ない。
怒りはその悪い自分に向けられる。だけど体はいっこしかないね。
悪い自分をやっつけようとしたらさ、しぬよね? 全部やつのしくんだ結果通りなんだ。結局わたしはわたしに殺される。
親のこととか考えても、勝手に相手みつけてさっさと出ていったわけだし、私には興味ない。
世間体だけが彼らは気になってるだけで、わたしは本当は死んだらいいと思われてるんです。むしろ集団的な追いつめみたいなもんだ、京都で、ぶぶ漬けを笑顔で出されてるけどその意味はさっさと帰れみたいなもんです。
毎日に頻度が最近やっとあがったんです。もういいかなって思う。
殺そうとするやつがむかつくけど、対抗するにはそいつを許し続けるしかない。
勝手に色々動き回って迷惑をかけるそいつをわたしは殺したくなってきてて、
なんだ同類じゃんなかよくしなよ、はい丸く収まりましたね、とはいかないのだ。
人の縁にはちゃんと期限があるんだって。
賞味期限みたいなもん。
わたしのみんなに対する縁は、もう切れちゃうのかもしれない。
だからいくら抵抗しても、相打ちみたいな形に持って行かれちゃうのかなって。
ただ人の縁は、期限が終わったとしてもまた新しく つくる ことは出来るんだって。 新しく作ってまた始められるんだと。
だから私は0にしようと思って色々やめたりもしたんだ。
だって生きたいに決まってるんだもん本体は、
絞首刑された人は、生きようと体が思い切り宙を泳ぐんだよ。あなたは死にますと言われたって体は生きてるんだよ。
時間が過ぎるのを待てば、結果はどちらにしても出る。
分裂した私の中と一度断ち切りたかったけど、そうしたら今度は違う方法でアプローチしてきたのでわたしはほとほと疲れきってしまったのです。
今日で終わりでいいかな、は
狂言じゃない。 平気で言える人の、感性の薄っぺらさ。あちらこちらに散らばってる。
そういう風に上から物を言うことをカッコイイとでも思ってるのかと辟易する。
そういうものが多いWEBは、なるたけ見ないのだ。
遊びに来てくれているブロガーさんの写真は好きなので、たまに遊びに行く(コメントしてなくて、すみません)。
あとは、特別面白いなと思うものもほとんど無いので、見ない。
だから、「○○さんって知ってる?」とか言われても、かなりの勢いで分からない。
自分が興味あるものしか見ようとしないからなんだけれど。
しかし
怒りはそれ相応の性質のものしか呼び寄せない。勿論途中で気付けばその裏側も見えるだろう。
無駄なものはないって昔から言ってたよね?ならこの怒りも神様は無駄に与えたものなのか?
あえて怒りを無だと仮定すると、悟りというものにたどり着く。悟りをひらいた、という言葉があるが、
やはり怒りとは無なのだろうか。 あえて怒りイコール無イコール0として作り、間に挟んでみたのかな。
あれ、こんなこと小学校で考えることだよね。
怒っても仕方ないこともあるんだよ、って大人は呟いてた。ただ諦めてるだけじゃん!って思ってたけど、
年を重ねてる人は諦めが肝心って言うんだよ。
あの言葉のように
ちいさな宇宙を身体の中に宿している
妊婦さんがたまにこの言葉を使うけど
あらゆる納得できない不条理な事柄も
これはちいさな宇宙だからしかたがないよね。
で自分を納得させられたら、またスタート出来る。
またくるくると此処に戻ってくるんだろうな、生きていれば。
生きていれば。
犬がうるさい。
TVで湘南乃風っていう人が叫んでいる、うるさいのでやっぱりTVは消した。
こういう感覚もわたしのなかに小さな宇宙が生きているから。
じゃあ嫌なものをちゃんと、じぶんのなかのブラックホールに入れる練習をしなくちゃね。
+
細切れに携帯からPCに送ったメールなので意味不明ですいませんが。
今日は歯科キャンセルの連絡入れて、また寝た。ひたすら眠い。
TVをつけた瞬間平原綾香が「自分の中に小さな宇宙があって、怒りとか悲しみともその一部なのかなあって、最近思うんです。」
って突然しゃべりだした。
私はこの間コレに関しての答えを教えてくださいって自分の中に問いかけてたら、
今日怒りはやっぱり0でしかなくて、0は無でそれは悟りなんだなあって思った。
平原綾香も同じことを言っていて、はあ、これが答えの掲示なのかなって思った。
+
今日は満月であった。
男は性欲が増すくらいで、女のことなどわからないだろう。
そんな風に一方的に書かれるとムッとするでしょう。
私は意地が悪い。
アナウンサーが自殺された。旧姓・鈴木君枝さんという方。
その理由が、出産後の痛みに悩んでいたと知り
とてもやりきれない気持ちになった。線維筋痛症、初めて病名は聞いたけど、
前にTVで見たことがあるかもしれない。
髪の毛すらも痛みを感じるので、ものすごい量の薬を飲んで、体中ぐるぐる巻きに包帯しなきゃならないんだって…
信じられないくらいの薬を飲んでいた。
そのときは、私も「自分の体が慢性的に痛みが続く」ってカラダじゃなかったから、
勿論すごく辛そうだったし心に残っているけれど、
自分がそういう病気になるとは思わなかった。 亡くなられたアナウンサーの方は、
TVをあまり見ないので良くは存じないのだけど、プロフを見てあんなに前向きな感じの人が
自ら命を絶ってしまう…、彼女の信条・モットーは 「 “今、この時”を幸せに生きる。」 とあった。
それがものすごく悲しい。
「 “今、この時”を幸せに生きる。」
今、今が無い、このとき、このときが今じゃない。
そこには自分はいなくて死体を引きずった後の血みたいに痛みだけが、そこにべっとりと染み付いて取れないの。
わたしはもうそこにいないのに、って誰かに謝って意識は切れた。
前にそれを強く感じたのは致死量の何倍もの薬を飲んだ瞬間だ、だけど、変わりない、前と同じことは考えたくないんだよ。
考えたくないんだよ
考えたくないんだよ。
痛みは目に見えないし、ただ吐き出したいときもあるし、
偉そうに上からソイツ目線でウダウダ言われたいがために書いているわけでもない(なんか直感で
私のことただウォッチしてるやつがいるっぽいので牽制のために書いておくけど。)
その人がなぜそれを言ったのか、それを考えて理解できるようになれば新しい世界が広がるし、
それすら出来ない人はやはり、感性の欠如が激しい人だと思う。
だけど、人はみんな同じではないし、分かりあおうとする人ばかりじゃないので、
そういう風に世の中は出来ているんだなと良い意味で半分は諦める。

ひかりを拡大してみた。
ノイズが
かかっているけれど、それでも
光には変わりなかった。
それは、じじつですか?
ねえ。
この世の中には私をなっとくさせてくれるものなんてひとつもない。
もう何も考えたくない。
そう呟いて目を閉じたって、生きる術を探してる。
ちいさな戦争は、終わるのかな。
始まりがあれば終わりが来る、
じゃあそれをただ待つだけしか出来ないんだろうか。