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攪拌して頂戴

  • Posted by: sonata
  • 2008年6月 6日 22:48
  • 日々。


生きるには 誇りが必要、わたしには

「何が苦しいのかわからないことが苦しい」

感覚的に考えるから、そうなるのだと思ってる
理屈でだったらこんなに苦しんでなんかいないだろうな
だけど考えずにはいられない

自分にとっては酷く無駄な
右脳でインプットして右脳でアウトプットする型の人間です

いまの自分はある意味
鬱になっても嫌わない人がいてくれているから
リアルで凄く救われてる

そんな風に書くことで
人に甘えてると思われても今は別に構わないけど

感情を悪く出せば一日の雰囲気だって悪くなるし
気を使わせてしまうし いいことなんてないのに
「おーおー今日はエネルギー有り余ってるね(笑)」 とか
「吐き出してもいいよ大丈夫だよ」
とか言ってもらえると 心が昔より柔らかくなれたかなって

鬱や元気がなくて がっかりされると その場にいなくて良かったという気持ちになるし
元気出したいけれど 逆効果で喧嘩腰な口調になっちゃったりして悪循環から抜け出せなくて
大切な人に負担をかけたくないと思う反面、
育ちきれてない感情のかけらがたまにグサリと相手に刺さってしまう。
それを見せられるのは心を許している人だけで、自分でもずっとわけがわからなかったが
子供の頃愛を欲しがれば嫌われたから
そこがうまく 表現できない

亡くなった母方の祖父母には
愛を欲しがったらちゃんと返してくれたおかげで
普通に接する事が出来て、尊敬の念も消えないままだ、
これがなければ人間なんて誰も信じられなかったと思うから本当に感謝しています。
ありのままを
受け入れてもらうなんて
おこがましいよね
自分は相手を受け入れていない時だってあるのに ね

苦に思わずにいられるように
なりたいな

お前はいらない
出ていけ
殺すぞ
おまえの飯はないよ
自分だけが地球で1番不幸だと思ってんの?
あれ、なんでいるの?
生まなきゃよかった

たくさんの否定の言葉で育ったから
たくさんの刺にまみれた蕾になりました
だとしたら

巻き付いた刺を、
一つ一つ取り去れたら
わたしという花は
咲けるのですか?


ピンボケの世界じゃ何度シャッターを切ったって
全部失敗写真なの
誰かが好きだといってくれたって 目の前にある景色と
わたしが見てる景色はいつも色も明るさも違うのに

正しくなんてなくていいけど
99%、二つの世界に生じる誤差をなくしてみたい

こっちの世界は長くいすぎると
影が薄くなるの 夜がきたら消えてしまうから
誰かが作った街灯の下に 無理やりにでも、居続けなきゃならないの
たまに「こんなにまでして影を残すのは疲れるわ」
なにもかも忘れて闇に溶け込んでしまいたくなるだけ


咲いてみたい
小さくても

わたしという形を確認したい


はっきりと

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